国際景徳鎮試験場

会員おしらせ

モチーフの研究進む

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庭のウサギ

身近な野生動物の絵付けの研究が進んでいます。草刈り機の普及以来、岩手では死者を出すほど神経質な同調圧力による過剰な草刈りが行われていますが、試験場では、生態系に配慮して昆虫の食草や小動物の隠れ家を「共存」の観点から適宜保存しています。おかげで昆虫から小動物まで多くの種類が戻ってきました。両生だけでも9種類もいます。

埋まった水辺を更に整えればさらに希少な生き物が暮らすことでしょう。

ボカシの表現  アーカイブス  金魚マグ

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朱魚

さて、今日は人気だった金魚マグのタネあかしです。

技巧と意匠と、まずは意匠の方からお話ししましょう。

私達は生産ラインにとって、伝統維持にとって必要なことしかしません。

この金魚がマンガっぽいと思った方がいるかもしれません。

実はこれは清朝康熙帝時代に民窯で流行した典型的な金魚画法で

主に染付で描かれたものです。画風を現代にシフトしたとか思わぬ誤解を受けましたが

染付表現においては草書的な筆致が生かされますが、粘性の高い釉上彩(上絵)の紅彩で描く場合それが見事に楷書的な筆致に変換されます。

そこが景徳鎮をよくわかった人には知的なゲームのように面白いわけです。

淀みなく引かれた鱗の線は力強く、毛筆の腰を活かしています。顔料の粘性から起筆と収筆は見えにくいですが、古典的な中国の書道の筆運びで切り込むようにゆっくりゆっくり筆を引きます。往々にして日本の絵付師は線が皮と肉だけのものが多いのは絵筆の握りが我流であることと、筆を速く流し過ぎなのです。骨格や緊張感を出そうと思うと出せなくなります。

更に他のメーカーの金魚にない手抜きの無い古典表現の挑戦は輪郭線表現と没骨法表現を折衷してボカシの濃淡を出して染付の草書タッチの躍動感に対応させています。

更に局部において草書的に筆の勢いにかませてのバランスを取りにくいので、眼球から水泡、胸鰭、尾ひれ、背びれの一つ一つのフォルムと重量感を楷書的な結構を応用して重心とベクトルを東洋的3次元で透視して処理しています。

 

ここに周さんのアイデアで可愛らしく水泡とスイレンを浮かべました。景徳鎮の硬いイメージを同じ女性に向けて温かく親しみを込めた作品で発信したいという周さんの希望を受け入れました。

金魚と水草だけなら全く清朝のそれと変わりないどころか、民窯図案を官窯技法で格上げしたようなものです。一般の窯元の焼き上げるこの顔料は非常に艶が無く、むしろオレンジに近い色です。顔料の精錬と焼成の確かな証ですし、何より絵付けベースの胎が優れています。

金魚が画面から浮かび上がるように、且つ自分の力で画中で重心をとって水を掴んでいるように見えるのはひとえに古典画法の教養に支えられているものであり、そうでないもののキッチュやカワイイの世界とは一線を画します。ただしそこを見せないのが設計者のテクニックであり、心配りでもあります。

上手な買い手にはどんな絵付け画風でもハイレベルな古典の規矩を見出せるか否かがまず求められますね。

異形の田舎者

若い人は信じませんが、90年代の中ごろまでは江西省の人民は上海や北京など都会で大変な差別を受けていました。出稼ぎ外地人と言うことに加え、ヨレヨレ人民服のカーキ色の「田舎臭い貧乏な身なり」、わけのわからない方言を話す「異形の人」と言うことで見た瞬間嫌悪され「泥棒」とか「あっちに行け」と怒鳴られることも。

阮君などせっかく景徳鎮から北京の五つ星ホテルに招待したものの、観光中、瓦や石を投げて追われることもありました。後年子供の手術で北京入りした折、同情した大臣から駅まで車が回されてきました。信号はノンストップだったそうで溜飲が下がったことでしょう。今の中国には文化芸術やモノづくりへのリスペクトという共通言語があります。

人間と言うのは「異形」のものへの憎悪や敵意と言うのは本質的なものなのでしょう。

よほどしっかりしていないと憎悪は固定化され疑心暗鬼は排斥や争いを生みます。

今の中国人で発展した歴史都市として認知された景徳鎮を馬鹿にする人はいませんが、

80年代に日本に来た北京や上海出身の新華僑連中は未だに差別的なことを言って馬鹿にします。

バブル時代に自分たちが日本で受けた惨めさを同国の田舎の人間にぶつける。

そういう心が透けて見えます。

 

彼らの多くは「経済」とうことに特化して日本を利用しながら地位を築いてきました。

母国と日本への捻じれた感情が同胞への蔑視的感情を助長したとすれば悲しいことです。 

 国際間の活動ではいろいろな宗教や民族、国家に帰属する仲間が働きます。

折に触れなにができるのか?どうすべきなのか?課題を持ち込まれることが多い仕事です。

 

 

 

 

ふとしたニュースから

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先日、ナチの収容所の元看守95歳がアメリカから追放になりドイツに移送された。

世界中から消えない、人権侵害と差別。

このニュースのコメント欄で日本人のコメントはほとんどが看守に同情的で不可抗力だというものであった。

老人は死刑にはならない。ただ、事実と老人の今の思想が裁判によって明らかになるだけである。うやむやにしない、それがドイツの覚悟なのだろう。

思い出して書棚から上記の本を出して読み始めた。

同国民すら反戦的な言動をすれば女性でも正午に引きずり出されて頭を斧で割られる、それが忙しくなって斧が間に合わなくなるとギロチンが持ち出される。

まずは障碍者ガス室に送られ、政治犯、同性愛者、ロマ、カトリック信者、あらゆる名目で収監され処刑された。ロシア人、ポーランド人、フランス人、イタリア人、とどまることを知らず、同盟軍ムッソリーニが吊るされて以降の友軍イタリア軍へのせん滅活動など目を覆う惨状だが、何と言ってもドイツ占領国がみなで協力したユダヤ人のせん滅活動は目を覆いきれない。そこには異形のものへの憎悪と敵意、優越感と屈折から来る差別と偏見があふれていた。

読み進めるうちに、これこそ私達が長年受け続け感じてきた感触であると、そのための戦いであると、最近のデザインも含め、全くブレが無いことに自らを確認した思いがした。

この10年来の会員にはなぜこんな話かと思われるかもしれないが、天安門事件以降に始動した私達の活動を90年代からご覧の方は思い出してくださるだろう。

今、仙台発で計画の作品群もまさしくその路線にある。

岩手で他県ナンバー狩りや新車狩りで半年で二度も車に傷をつけられるのも

Uターン破水妊婦が診察拒否を受けたらいまわしされて未だに攻撃されていることも

次の私達の新作(非売品で海外の施設に寄贈の計画)も全て差別と偏見という問題と実は切っても切り離せない。

美しく精緻なだけではない、私達の製品の歩みを次回から回顧してみたい。

 

 

 

時代学習中

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作品のテーマから明代末期から清代初期の国際情勢や芸術を学んでいます。

なかなか骨が折れるのが、大航海時代の書物を読むことです。

今いるエリアはいたるところにその時代のヨーロッパの痕跡があります。

不思議なんですが、家制度にイエズス会フランシスコ会の影響があったり

郷土食にキリシタン由来のものが多かったり、地域の人たちに百合や胡桃にとても執着があったり。ポルトガル人の血が濃い集落などあります。

チャイコフスキー歌曲

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親戚の子供がいつの間にか歌手になってイタリアで修行中です。

帰省の折、チャイコフスキーをレパートリーにしてほしいと言いました。

いずれ小さなサロンコンサートを常態化しようと思いますが、その時は是非彼にこんな歌の数々を披露してほしいものです。

音楽の無い生活は茶の無い生活と同じで考えられません。

会員にも、地域で参加の方もその時は楽しんでいただきたいです。

いつもデザインするときはこういった19世紀の名曲が胸に流れている状態で仕事しています。

 

染付の表現 アーカイブス 月季図杯

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白薔薇(左) 紅薔薇(右)

薄墨色に暮れて霞んでゆく春の黄昏の光の中の一瞬。

紅い薔薇と白い薔薇を染付で描いたペア。

植物学的には詰められなくて、周さんは泣きべそでしたが、日が暮れるまで叱られて中庭で本物の薔薇を見て情緒はつかんだようです。

私は厳しいので日本の職人さんなら最初に我慢できないかもしれません。

ですが実際はその人の才能と個性を見抜いて現場ではとても自由にやらせています。

行き詰ったときにこそ目が輝ける指導をしてきました。

その時こそ伸び時です。

このペアはその成果が出てきた宝物です。