国際景徳鎮試験場

会員おしらせ

空家探しで

宮城側で基地にする空家探しを始めた。

登米市栗原市と巡っているが、どこでも「こんにちわ」といわれて

警戒されることが無い。

普通に立ち話から私たちの家探しの相談などに広がって、通行の人たちがだんだん集ま

って色々教えてくれる。

何よりありがたいのは、よそ者と接触したことを隠すそぶりを誰も見せないことであ 

る。

お店なども入った時もジロリとみられて警戒されることも無い。何より買い物すれば普

通に笑顔でまいどと言われる。

二度目に顔を覚えてくれて声もかけてもらえる。

道を挟んで反対側の岩手とはだいぶ感触が違う。

それは風景でも明らかな差がある。

岩手側は一斉に草刈りをしてどこも神経質に均一に管理整頓されているが、宮城側はそ

れぞれの家の都合でバラバラに管理されており土地の使い方も周囲を気にすることなく

自由で景観に統一感が無い。草刈り日がずれたり、草丈が違ったり、看板を見えるよう

に出すと近所から怒られる岩手県とはだいぶ違う。

なんというかおっとりしたどこか緩さのある普通の田舎の風景、それが宮城側。

お店の駐車場も宮城側は前から入れる人もバックして入れる人も半々。TPOでてきぱきと用を済ませて出ていく。斜めに止まってる車もあれば白線の片側に寄っている車も普通にある。

岩手側の必ずバックから止めて白線枠の真ん中に止まるまで必ず切り返す人たちとは違う。岩手側は前から止めた方が周囲に迷惑かけないスムーズな場合も必ず苦労してバックから入れる。融通が無いのである。宮城県で見かける岩手ナンバー平泉ナンバーの車両はやはり必ずバックで駐車している。

ガラガラの広い駐車場でどう止めても構わんだろうと思うのだが、必ず規則のように尻から入る努力をする。

県境で全く違う行動様式の人々。

宮城側には大本家制度もない。

岩手側は何でも大本家を通さないと話が進まない。

本家は全国どこでもあるが、血縁のない大本家と言うのは岩手にしかない。

大本家にはこれまた家督ではない「おんつぁま」という目付け役がいて、彼が全ての

決裁権を本家以下の人員に行使する。

一切の行動はこの大本家の「おんつぁま」に申告して許可されなければならない。

宮城の人は「えー!何?そいつ?知らねーな、オラ方は聞いだごとねーなー?本家ど違うの?なぬ?大本家?」と必ず言われる。

同じ伊達藩でも小領主によって治民政策が異なっており、その影響は現在まで連なっているのである。

それは草刈りや標準語の運用にまで影響している。

宮城では方言に加え普通の標準語が話されているが、岩手では方言と疑似標準語が通用している。官公庁でも岩手ではほとんど正式な標準語が使用されていない。

明治以来の岩手のホワイトカラーは責任の所在を明確にさせない、意思の主体性を明確にしない既成事実化させて話す習慣があって全て完了形、過去形で話す。彼らはこれを標準語と思って運用しているが、標準語話者とブルーカラーに多い完璧な方言話者の間に必ず疑似標準語話者がいて三重構造に伝言ゲームが発生する。

例えば岩手の役所で「産業課はどこですか」と聞いてみる。

必ず「産業課は○○に在りました~」と言われる。

「産業課は○○にあります」とは言わない。「あります」と自分の主体的判断を明確に、能動的に物を言うことは岩手では「謙虚ではない」と言われて美徳から外れる。

「今新幹線に乗ってました」(新幹線に乗ってます)「モシモシ、わたくし産業課の菊池でした」「どうもでした~、一関の役所のほうから、こうずうっと朝から回って来ていました~、○○課の調査の者でした~」「領収書でした~」「1980円でした~」「警察署はこの先に有りました~」「市長は午前中はいました~」「今日はこれから雨でした~大丈夫でした~、傘持ってました~」

これらは明らかに標準語と疑わず岩手のホワイトカラーが使う言葉であるが、県外では通じない既成事実化と主体の不明確な言い回しである。ブルーカラーの方言の方がむしろニュアンスで状況を明確にしている。

宮城側でこの疑似標準語を使う人はだいたい親族や仕事の関係で岩手と関係あるか岩手出身者である。

常に独特の謙虚さを問われて、責任の所在が明らかでないところでは非常に物が先に進まず、根回しだけで30年以上かかることもしばしば。

「来ました」と言うと自分の意思が能動的に発せられ責任の所在が明確になるが

「来てました」といえば自分の意思と関係なく、既成事実化され「謙虚」だと評価される。

国際事業になるNPOの申請が宮城県に引っ越してからになるのは何を比較してもこの調子で不可避と言える。