国際景徳鎮試験場

会員おしらせ

後継者難とは。

考えるほど惜しい。現在、磁器としては考え得る最高の常態と機能性を誇るものを生産できる態勢に有り、岩手で21世紀型の生産環境を構築する準備を進めている。

チャイナと言うぐらいだから景徳鎮の最高のものを押さえていつでもラインを起動できる待機状態。一方岩手にはジャパンともいう漆器の素材と工法のそれぞれ最高のものを維持しているが色々なものが分裂、対立していて潰しあい、遺恨怨恨に埋もれて途絶えそうである。これは同じ圏域のあらゆる工芸に言える。もし岩手の方が異議があれば仙台の堤焼の産業構造がどのようであり、衰退したか仙台市の図書館で調べて見るとよい。

ほぼ同じパターンを漆器が辿り、鉄器が続き、分業でしかなしえない世界だけに新しい世代を健康に育てない限り「一人勝ち」は中長期的にみて自殺行為である。「何が勝利なのか」必ず上下をつけなければならないものでは無いのが世の中の多様性の真実である。

 

過疎高齢化が叫ばれる中、岩手にせっかく若者、特に驚くのは貴重な女性が入ってきて何か学んでも、外国人研修生と同じに使って、彼らが独立はおろか、もっと習いたくても都合で追い出したり恫喝するようなケースが後を絶たない。

孫や息子や娘のような年齢の若者を、オッサンが根回しして「岩手に無事いられると思うな」とやっちゃうから犯罪である。

近所にも地元の工房から独立したいろいろな工芸の工房があったが、全て根回しで消えている。責める側の被害者意識と言うか過剰防衛行為が暴力的になる岩手の精神構造は何でも根気よく根絶やしになるまで行う駆除や草刈りを見ても伺える。

民芸や工芸のお店がどんどん消えて、クラフト系のお店がかろうじて存在するものの

「岩手には岩手のクラフト」を標榜して結局岩手の業界はそれすら育てない。

結局県外からやってきて静かに開業した作家の作品や副業で作られたようなものだけが並んでいる。現役で好調に回っている人で師弟関係が岩手内にあることは稀である。

何でも豊かに存在するはずの岩手がつまらないものばかり並んでいるのはどういうことかと観光地で痛切に感じる。トルコから客を案内したときはあまりの伝統工芸の軽さに怒り出してしまって、トルコでは昔からのものが絶えないようにどれだけの国家的政策が運用されているかの独演会になってしまった。彼は現代アーティストだが、全く古典の基礎力の高い陶芸家でもある。考古学的成果から現代に至る経過までしっかり学んで地球規模で物を作っている。それゆえどんなものにも手抜きや節約は無い。何事にも古代からのノウハウを投入してその上に新しさがある。現在お茶の味がまともに飲める器の制作で世界で唯一私達を脅かす存在は彼である。遊牧民気質の機動性と多言語能力が高く友人でありながらも最大の脅威である。しかし実際脅威であったことは無く、最大の理解者で助言者である。現在の私の岩手のシステムの基礎を提言したのは実はトルコ人の彼である。岩手の皆さんは過剰に脅威を作り上げ潰しあう労力を健全で前向きな親和性のある活動に向けた方が絶対発展すると信じる。