国際景徳鎮試験場

会員おしらせ

東北の陶芸云々にて

今、思うところあって、主に顧客の皆さんや勉強中の仲間に書いている内容について、
誤解や批判を恐れておる場合ではないと記しています。

まあその中で、東北云々先日来書いておりますが、恐らく、いや、すでに気分が悪い陶芸家の多いことでしょうからどうか勘弁していただきたい。

本当に気分が悪いのは私なのです。
病気になれば原因を調べて治療せねばなりません。

そもそも、東北の陶芸家の悪口を言ってるのではないことは
私の顧客に景徳鎮は買わないでよかったら地元の陶芸家を訪問してほしいと
震災で流されて以来6年間言い続けいていることを以てして片鱗を知っていただきたい。
焼き物、織物、鉄器、漆器、その他工芸をとても回り切れないが
6年で走行距離15万キロ以上岩手、宮城を中心に回り続けてきた。
景徳鎮を売った売り上げのほとんどをこれらの購入や研究に使いました。
お客さんを案内してばかりで自分の仕事をせず、お客さんは景徳鎮を
買う予算を全部東北で使うことも多く、私の売り上げがゼロの12月なんかも
あったりしました。税務署の書類を見たらどれだけアンバランスで利他的な
日々であるか気の毒がられます。
もちろん、私は一介の通りすがりの客で、皆さん誰だか知らないのですが
必ず「支那もの」とか「絵付けは無いほうがいい」とか「民芸論」(正確な理解と内容ではなさそうだ)をぶつけられ
売れない時世への嘆きを耳にすることになります。
「いい時代もあった」
助けてくれないと役所への不満も多く聞きます。
訪ねても町中で聞いて回っても消えた人も多いです。
役所や商工会のホームページには載りっぱなしです。。
鉄瓶や一部陶芸家のように中国等海外の顧客で景気のいいところは
狙いも定めず撃ちっぱなしの余裕です。

日本の終戦後のような貧しさの景徳鎮で孤立無援の日本人として
工房で寝食を共にして彼らを応援して、日本ではつねに業界の方や骨董屋さんに支那人の手先と言われ下請けになれと圧力を受け、常に潰しにかかられ一人戦ってきて最後に津波にまで流された身にはとても恵まれた人たちの残念な話しぶりや考え方があまりに残念で気分が悪くなるのです。

嘆く人、無気力な人、儲かりすぎて同業同士疑心暗鬼の人、いろいろですが
総じてこれからの若い人の希望をもって生産、勉強できる土壌を自らが
作ったり腐らせたりしているんだという実感が薄いんです。

互いの作風やビジネスに目くじらを立てている場合でもないし
仙人のように暮らす大家は、たとえそれが杜子春と思っても
若い人に力を貸すべきではないか?

しばらく病気の原因をカメラを飲んだり虫下しを飲んだり
ためし続けます。